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モレスビな日々

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モレスビおっさんの旅行・グルメな日々

大谷探検隊

旅順博物館になぜ大谷探検隊が西域から持ち帰ったミイラがあるのか、ということに疑問を感じて大谷探検隊を調べてゆくにつれ、大谷光瑞という人物の不思議に触れ、それから京都に二つある本願寺の歴史も勉強できました。親鸞上人直系の大谷家というのはスケールが大きいです。そもそも大谷家は皇族とゆかりのある家柄なのだそうで、何で仏教と皇族なのかという疑問も生じてくる。
そもそも大谷光瑞という人は生まれながらの本願寺派(西本願寺)の法主になることが定まっていた(本願寺派の法主が世襲というのも初めて知った。)人で、ロンドンにも留学(何で坊主がロンドンに留学するのかというのも疑問)しており、その知識欲は非常に旺盛であった(そりゃ本願寺派には立派な大学、龍大もある)そうで、本職の仏教伝来の過程を探ろうと西域探検するのも道理です。当初の探検隊はお釈迦様のインドに渡り、のちタクラマカン砂漠のあるシルクロード近辺の発掘を行うのです。従来の坊主の枠を超えた坊主!
探検隊派遣は金のかかる事業で、原資は本願寺派教団の活動資金から捻出されており、のち探検隊の費用をめぐって教団資金不正流用の嫌疑(お寺さんはこういう騒動がよくありますな。)で光瑞さんは法主から降板し、大連(この当時は日本領)に渡って隠遁してたとのことです。大連時代に探検隊の収集物が散逸し、一部が旅順博物館に残っているという訳なんですね。
で、この後光瑞さんは大連に残ったためかソ連軍に2年抑留され帰国後翌年に没せられたとのことです。
この経歴を見ると、どうもボンボン育ちの学究肌、やりたいことは何でもやると言う風な豪快な人だったような。
因みに皇室とのご縁か、光瑞さんは伯爵であらせられました。
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by sam3636sam | 2011-07-27 00:15 | 旅行